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人の土俵で褌を取る

気になったニュースの備忘録+α

東京駅開業百年

東京駅

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東京駅が先日、開業百年を迎えた。辰野金吾が設計した赤煉瓦(れんが)の駅舎の正面といえば「大時計」を思い出す人もいるか。こんな「伝説」がある
▼当時、時計の針を備え付ける時、職人たちは尻込みしたそうだ。当然である。高所。重い針。誰かが人力で担いで上がらねばならなかった
▼当時の証言を引用する。「大勢職人はいるが、よしオレがという人がいない。そのとき十五、六の小生意気そうな小僧が出てきた。さあ、どいた、どいた。オレが担ぎ上げてやるから」。勇気ある少年が出てきた
▼「長い方の針を担ぐと足場をどんどん、上った。下で見ている連中は、ただ口をあんぐり…。その生意気な小僧というのが誰あろう、あたしだったんです」。気持ちよく語るのは戦前戦後「清水次郎長伝」などで空前の人気を博した、浪曲師二代目広沢虎造である
▼ところがである。これが実は真っ赤なうそという。演芸評論家の矢野誠一さんが『昭和の藝人(げいにん) 千夜一夜』の中に書いている。虎造は罪のないホラ話が大好きで、記者に「長針伝」を語り、それがそのまま掲載されてしまった。以来、東京駅の旅行案内書などに紹介され、世間に広まったという
▼白状するが、書いたのは今は中日新聞社が発行している東京新聞の一九五六年十二月七日の夕刊。虎造師匠が悪いとはいえ、五十八年前の大先輩の失敗をわびておくことにする。
2014年12月22日 中日春秋(朝刊コラム)
http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK2014122202000091.html

そして、ネジを巻いて命を吹き込んだのは私である。

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