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人の土俵で褌を取る

気になったニュースの備忘録+α

藤井聡太

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テキスト

愛知の藤井さん、最年少プロ棋士 14歳2カ月

 将棋のプロになる最終関門「第五十九回奨励会三段リーグ戦」に挑んでいた愛知県瀬戸市川北町の中学二年、藤井聡太さん(14)が三日、一位でリーグを通過し、十四歳二カ月でプロ入りを決めた。「神武以来の天才」と呼ばれた加藤一二三(ひふみ)九段(76)の記録(十四歳七カ月)を六十二年ぶりに更新し、史上最年少となる。
 中学生でプロになるのは五人目で、渡辺明竜王(32)以来十六年ぶり。
 藤井さんは名古屋大教育学部付属中学二年。幼稚園児の五歳で将棋を始め、小学四年で名古屋市の杉本昌隆七段(47)に入門。併せて日本将棋連盟の養成機関「奨励会」に入った。順調に昇級を重ね、小学六年でトップ棋士が参加する詰め将棋大会で優勝。プロ入り最終関門の三段リーグに史上最年少で参戦し、次代の棋界を担う逸材として注目されていた。この日はリーグ最終日で、東京で二十九人が一斉対局した。
◆初挑戦でトップ合格
 「過去に中学生棋士になった人はタイトルを取っている。自分も並びたい」。全国の俊英が人生を懸けて戦う三段リーグを制した藤井さん。それも困難を伴う初めての挑戦(一期)で駆け抜けた。
 藤井さんは詰め将棋で鍛えた終盤の強さを武器に勝ち星を重ねた。この日は午前中の対局で敗れて窮地に追い込まれたが、合否を決める最終戦を勝ちきり、十三勝五敗でトップ合格した。
 「勝った瞬間は実感がわかなかった。昇段したことは素直にうれしいです」。会見して淡々と感想を述べ、将棋界の頂点の名人位については「格式あるタイトルなので取りたい」と意欲を見せた。
 一方、将棋以外の興味を問われると「将棋しかやってないので、答えるのが難しいです」と苦笑い。少年らしい一面をのぞかせた。
 藤井さんは東海地方の将棋界に大きな足跡を残した板谷(いたや)四郎九段、進九段の親子(いずれも故人)の直系の弟子。いわば東海の“保守本流”で、地元関係者の期待を一身に担っている。
 師匠の杉本昌隆七段(47)は「おとなしいけど将棋のことになると強く自己主張する子どもだった」と第一印象を語る。小学生の頃は負けると号泣して盤から離れず、母の裕子さん(46)が引き剥がすように連れ帰った。最近は「普通の人より三倍くらい早い」と舌を巻く成長ぶりで、杉本七段はここ数カ月で藤井さんに勝てなくなっていたという。
 杉本七段はこの日、愛知県でのイベントに参加しながら、戦況をこまめにチェックしていた。「彼は地元のアマとプロが一緒に育てた逸材。最年少でのプロ入りは大変な偉業だが、ここからがスタートだ。同じ土俵で対局するのが楽しみです」と話している。
 (岡村淳司)

 <プロ棋士への道> 将棋のプロ棋士になるには、原則として養成機関「奨励会」に入会し、26歳までに四段に昇段する必要がある。通常は6級からスタートし、三段になると、約30人が半年間かけてリーグ戦を行う「三段リーグ」に参加。上位2人に入ればプロになれる。かつては規定の成績を収めればプロになれたが、1987年度の三段リーグ開設で条件がより厳しくなった。以降のプロ入り最年少記録は、2000年の渡辺明竜王の15歳11カ月だった。三段リーグ初参加で昇段したのは藤井三段が史上6人目(第1回参加者を除く)。
 囲碁界はやや門戸が広く、より若いプロ棋士が誕生している。2010年には、藤沢里菜三段が女流棋士特別枠で、11歳6カ月の最年少でプロになった。
中日新聞(CHUNICHI Web
2016年9月4日(日)
http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2016090402000054.html

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