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人の土俵で褌を取る

気になったニュースの備忘録+α

人の死

後藤健二さん、ヨルダン人パイロット、ムアズ・カサスベさん、米国人のケイラ・ミューラーさん以外の数字でしかない人の死

 これは、想像力への挑戦状ではないのか。過激派組織「イスラム国」を名乗る集団が、またも残虐な映像を公開した。後藤健二さんらに続き、今度は二十六歳のヨルダン軍のパイロットを殺害したという
▼檻(おり)に入れた若者に、火を付ける。正視に耐えぬ映像の意味を考えるのに、想像力はいらない。あまりの残虐さへの恐怖と、若者の生還を祈る家族にかような映像を見せつけた者への憤りとで、心が波立つ
▼だが例えば、こういう数字がある。「十五万二千百九十五」。二〇〇三年のイラク戦争開始以来の死者を集計する非政府組織「イラク・ボディー・カウント」によれば、先月末までにこれだけの民間人が暴力的に命を奪われたという
▼だれかが殺害される光景を目にすれば、心は激しく揺すぶられ、苛(さいな)まれる。しかし、その悲劇が数で示される時、数字の本当の意味を考えるには、想像する力が必要となる
イラク戦争に関わった政治家らは、どれだけそんな想像力を働かせたろうか。戦争を始めた米国はとうに戦闘終結を宣言したが、この戦争が招いた憎悪と憎悪の連鎖で、犠牲者は増え続けた。「イスラム国」を生み育てたのは、そういう土壌である
イラクでは、おとといだけで百五十八人の市民が殺されたという。その一人一人の死は、どのようなものであったか。記録されることのなかった光景を想像してみる
中日春秋(朝刊コラム):2015年2月5日
http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK2015020502000117.html

死んだ人にもそれぞれ家族や友人がいただろう。
その人達の悲しみ。
これが永遠につづくのか。


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