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人の土俵で褌を取る

気になったニュースの備忘録+α

インド India

インドの夜空彩る2200発 日印外交樹立60周年

http://www45.atwiki.jp/jippensha/?cmd=upload&act=open&page=%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B006&file=13_%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89.jpg
【ニューデリー=岩田智雄】インドの首都ニューデリーのインド門で7日、日本とインドの国交樹立60周年を記念する花火2200発が打ち上げられ、冬の夜空を彩った。インドでは今年、両国の友好を深めるためのイベントが行われており、花火はフィナーレにあたる(共同)
MSN産経フォト - 2012年12月08日

インドと言うと親日で、事あるごとに日本を応援してくれている印象が強い。それ以前に日本がインドを援護、援助したことが元なのかもしれない。正に『情けは人の為ならず』を地で行くような話。東日本大震災の時に台湾が国*1を上げて義援金を送ってくてたのも同じなんだろう。どうであれ嬉しい。

  • 1.Wikipedia 日本との関係
  • 2.Wikipedia東京裁判のインド代表判事パール判事
  • 3.インドは1951年のサンフランシスコで開かれた講和会議に欠席。1952年4月に2国間の国交が回復し、同年6月9日に平和条約が締結された。

Wikipedia 参加しなかった国
インドのネール首相は条約に外国軍の駐留事項を除外すること、日本が千島列島や樺太の一部をソ連に、澎湖諸島や台湾を中国に譲渡する必要があること、沖縄や小笠原諸島は日本へ返還すべきであることなどを主張し講和会議への不参加を決めた。ネール首相は日本に名誉と自由を他の国々と同様に与えるべきであると考え、講和条約に出席することを拒み、1952年(昭和27年)に日本と独自に日本のインドに対する全ての賠償請求権を放棄しするとともに日本の対印投資の返還を約する日印平和条約を締結した。2005年(平成17年)にはインドのマンモハン・シン首相はこれらのことを日印関係にとって思い出されるべき重要なことであるとした演説を行っている。また、ビルマとユーゴスラビアも招請に応じなかった。

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*1:この際、国と言ってしまう