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人の土俵で褌を取る

気になったニュースの備忘録+α

小さな子の脳死

中日春秋

<若ければ道行(みちゆき)知らじ幣(まひ)はせむ黄泉(したへ)の使ひ負ひて通らせ>。万葉歌人、山上憶良は、古日という子を亡くした時、そう詠んだ
幼いゆえ冥土への道を知らないと、その段になってなお案じずにはおられぬ親の心だ。黄泉路(よみじ)の使いよ、贈り物をするからおぶってやってくれ…。断ち切れぬ亡き子への思いに、憶良の慟哭(どうこく)が聞こえる
先日、一人の男の子が六歳未満としては国内で初めて脳死と判定された。両親のコメントの一節に胸が詰まった。<このようなことを成しとげる息子を誇りに思っています>。実際、その通りのことを彼はした。臓器の移植で何人もの人が救われた
だが、かわいい盛りの子だ。まだ心臓は鼓動し体も温かい。両親は迷いに迷っただろう。最後には決断したが、それは子への思いを断ち切ったのではない。むしろ逆に思いをつなぐための選択だったのではないか
コメントにある。<息子が誰かのからだの一部となって、長く生きてくれる…>。俳優の故緒形拳さんが遺(のこ)した言葉が、重なる。<死ぬということは残った人の中に生きるということだ>
無論、同様なケースでも、親が決断を強いられるようなことはあってはならない。でも、この男の子が<成しとげた>ことについては思うのだ。体の一部を受け継いだ人だけでなく、底いなき哀(かな)しみに沈む両親さえも救ったのではなかったか、と。
中日新聞:中日春秋 2012年6月20日

おっおっううぇああぁああぅぅおぉぉおお

2012年12月4日追記

脳死の男児から移植の女児が退院富山大病院

国立成育医療研究センター(東京都)は4日、今年6月に富山大病院(富山市)で、国内で初めて6歳未満で脳死と判定された男児から肝臓移植を受けた10歳未満の女児が同日、退院したと発表した。
肝不全だった女児は6月15日から同16日未明、男児から提供された肝臓の移植手術を受けた。肺炎などを患ったが、強い拒絶反応はなく順調に回復。退院後は1、2カ月で学校に通えるようになるという。
女児の家族は「ドナーさん、ご家族の方々はじめたくさんの方たちの力をお借りして、今日という節目を迎えられた。命をつないでいただいたことに改めて、感謝いたします」などとするコメントを寄せた。主治医で同センターの笠原群生(むれお)臓器移植センター長は「小児の脳死の臓器移植はまだ少ないが、今後も多くの子どもたちが助かるように(移植の)数を積み重ねていきたい」と話した。
朝日新聞デジタル:2012年12月4日

自分も脳死となったら全部移植していいと保険証に表明してある。
私の子供の一人も自分で「いいよ」と言って保険証に表明している。
自分の移植は私はその時もう既にあの世に行っている訳だから判断も何も無い訳だが、もし子供にその時が来た時・・・本当に判断できるだろうか。